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第2回 <うらとみ節
(むちゃ加那節)>
掲載写真:生間(加計呂麻島)にて
前回分はこちら→ 第1回 諸鈍長浜節
●島唄について
まず始めに、島唄はシマ(=各集落)ごとの唄である、ということを断っておこう。方言がそれぞれのシマで違うように、島唄も同じ○○節であったとしてもそれぞれのシマで曲調や歌詞が微妙に、あるいは大幅に違う。だから、これが正しい(?)○○節というのは無い、と考えていただきたい。
また、もちろん島唄は方言で歌われているが、その解釈の仕方においても様々で、これもどれが正しい解釈というのは無いと言っていいだろう。
ここでは歌詞の選択とその解釈を、2〜3の解説書を元に私独自の判断で行った。
【写真】現在の生間(「いけんま」と読む。加計呂麻島)集落。大島海峡を挟んで、古仁屋の街が見える。
 ●まず、うらとみ・むちゃ加那についての伝説から入ろう。時代は薩摩藩政初期の頃。瀬戸内町加計呂麻島の生間という集落に「うらとみ(浦富)」という、島唄と三味線の上手い美人がいた。うらとみは当時、鹿児島から来ていた役人に気に入られ、島妻(本妻ではなく、島だけの妻)にと請われる。しかし、うらとみはこれをかたくなに拒む。両親は苦慮し、集落に迷惑のかからぬようにと、うらとみをある日小舟に乗せ(食料を積み)沖へ流す。うらとみを乗せた小舟は何日かの漂流の後、喜界島の小野津というところへ漂着し、村人に救われる。うらとみはそこで結婚し、「むちゃ加那」をもうける。このむちゃ加那もまた美人であった。ある日、むちゃ加那の美しさを妬んでいた女友達に誘われ、アオサ(青海苔)採りに出かける。アオサ採りの最中に、むちゃ加那はその女友達に海へ突き落とされ溺死する。後でその事実を知ったうらとみは、ショックで入水自殺をする。
 ●この伝説を参考に、「うらとみ節(むちゃ加那節)」を味わっていただきたい。
【歌詞】喜界(ききゃ)や小野津 トゥバヤむちゃ加那 アオサ海苔(ぬり)剥ぎに 行(い)きょやむちゃ加那
【訳】喜界島の小野津のトバヤ(という家の)むちゃ加那よ、アオサ(青)海苔を剥ぎに(採りに)行かないか?むちゃ加那さん。
【説明】日頃、むちゃ加那の美しさに嫉妬している女友達がむちゃ加那を海へ誘っている場面だ。女友達は既に、むちゃ加那を海へ突き落とそうと企んでいる。
【写真】生間から西へ(渡連の方向へ)向かうと、途中に岬があり、その岬付近に「ムチャカナ公園」がある。2枚下の写真を見てもらうと分かるがそこには「うらとみ節(むちゃ加那節)」の歌碑がある。個人的にはここ生間はうらとみの出身地であるのだから「ムチャカナ公園」ではなく、「うらとみ公園」と命名するのが妥当ではないか、と思う。写真は公園の入り口付近。因みに喜界島にも「ムチャカナ公園」が存在する。
【歌詞】うらとみやうらとみ 戻らめやうらとみ うらとみ戻しゅすや 島のふりむん
【訳】うらとみようらとみ、戻らないか、うらとみ。うらとみを戻そうとするのは、島のばか者だよ。
【説明】まず、ここで言う「戻る」が何を意味しているのか不明確なのところが謎である。入水自殺したうらとみを生き返らそうとしているのだが、死んだ者は生き返らない。生き返らそうとするのは「ふりむん」→「振れ者」→「気の振れた者」→「ばか者」である、と言っているのか、それとも、喜界島に漂着した時のうらとみに対して、加計呂麻の生間へ戻そうとするのはばか者だよ、と言っているのか・・・・。
【写真】「ムチャカナ公園」へ向かう途中の道。やや急な坂道を数分登る。
【歌詞】潮(しゅ)や満ちゃがりゅり 太陽(てぃだ)や申刻(さんとき)なりゅり トゥバヤむちゃ加那や 潮尻(しゅじり)かち引きゃってぃ
【訳】潮は満ちてくる。太陽は午後4時頃になって、トバヤのむちゃ加那は潮の流れに流されてしまって。
【説明】この場面では、むちゃ加那が既に海に突き落とされた後、潮の流れに流されてしまったことを唄っている。
【写真】「ムチャカナ公園」にある「むちゃ加那節」の歌碑。左の小さな社は何を祭ってあるのかが不明。もし、知っておられる方がいましたら教えてください。
【歌詞】きょらさ生まれれば 友達(どぅし)に憎まれて きもちゃけぬ加那や 潮波(しゅなみ)に引きゃれて
【訳】美しく生まれたら、(女)友達に憎まれて、可哀想なむちゃ加那は 潮の流れに引き流されてしまって。
【説明】島唄ではよく、美人がテーマとなる。それらに登場する美人たちの中には、同じ女仲間同士から妬まれていた者も少なくない。それらを考えると、当時美人がいかにもてはやされていたかがうかがえる。そんなむちゃ加那の哀しい宿命を嘆いている歌詞だ。うらとみ、むちゃ加那と親子で美人として生まれたのはいいが、その後の悲運を考えると、当時美人に生まれたことが必ずしも良いことばかりではなかったように思える。
【写真】現在の生間港。古仁屋港との間を行き来する定期便「フェーリーかけろま」の寄港港でもある。
写真/山久ひろお